ズボラなのに真面目に生きようとして、ズボラな緩さをなかなか認められずに、キチンと出来ないのにキチンとしようと頑張り過ぎて臨界点を超えている事に気付いていない方達へ

子育てで悩みがあり、社会常識や立派なお母さん像に真面目に取組む事に違和感があり、子どもの言動に振り回されがちなお母さん達へ

自分責めが大好物な時期

常識的で無ければならない、枠から集団から、はみ出てはいけない、子どもをきちんと育てなければならないと、親の価値観をそのまま、素直に生きていて、そんな価値観が正しいと思い込んでいた時期。

長続きしない、飽きっぽい、大雑把な自分に気付かずに、何でもバカ真面目に素直に動く時期がありました。

それは、子育ての悩みが深く、旦那にも否定され続ける自分はダメな人間と、自分責めが大好物な時期と重なります。

その当時は、本気で自分が可愛そうと思っていました。

こんなに頑張っているのに報われない。

被害者意識の塊でした。

日々の食事作りも、やる気があるときと無いときの差が激しく、今していることを忘れて、違う事を始めてしまい結果何をしていたのか、忘れてしまうのです。

料理していたのに、違う事を始めるとか通常モードです。

なので、行程が沢山あるお料理レシピは、作れないのです。

餃子を皮からつくるとか、ロールキャベツとか、長男の幼稚園時代にママ友から教えてもらいながら挑戦したことがあるものの、自分の性質を理解した今は、挑戦しようとも思わないです。

そして、元々調味料を計るスキル、概念が私にはありません。

今に至っては、目分量が好き!!!といい逃げします笑。

常識的でなければならないは、子育てにも発揮され、登園渋り、集団に恐怖する息子に対して、その当時は彼の気持ちに寄り添う事よりどうしたら、集団になじめるかを優先してしまっていました。

過去、子育ての悩みを解消したい時期は、外の機関に助けを求めてあちこち、右往左往した時期が長かったです。

自分責めが薄くなってきながらも、ズボラな自分を認知できずに、真面目に素敵さを追い求めていた時期

自分の特徴について、今では、発達障害のグレーゾーンの自覚があります。

それでも、診断がおりるまでではないのです。

ちょっと過集中気味で、ちょっと偏りがある自分を自覚する前は、自分は普通の感覚、社会常識人間と自負しておりました。

日常生活は、周りに合わせられて、失敗しないようにそつなくこなせてしまうため、表面に困り具合が出てこなかったのですね。

また、幼少期は「おまえは、言われたとおりにしていれば良い」「女なんだから、大人しくしていなさい」と同性である母親から、真綿で首をしめられるように、育てられていた環境も絡んで、私は、自分が至らないから母を怒らせているんだと、自身を反省して自分責めをする、思考癖が出来上がっていました。

長男の子育てをきっかけに、自分責めの癖に気付いて、そうじゃない、事実はそこにない、大丈夫と、自分が思えるまで、何度も反復練習のように、思考癖を直す意識をしていました。

そして、自分責めをする癖が抜けてくると、次にやってきたのは、自分の素敵さを追い求め始めたのです。

周りに歩調を合わせることは元々得意だったので、その時期は、マクロビや断食、スピリチュアルお茶会等々、どれも素敵な企画ですが、自分のズボラさを理解せずに大真面目に素敵さをとりにいくので、せっかくの素敵な企画も私には、ただ通り過ぎていった身に付かなかった経験を重ねていました。

それは、それで楽しい幸せな時間を、私的には過ごしていたのですが、子ども達には「母ちゃん、何やってるんだよ!!!」と実際言われた事も在り、大迷惑たっだかもしれません。

それでも、子育ての時間を削るようなことはしていない、むしろ、過干渉すぎる、真面目さは備えていました。

今思うと、カレーが大好きでちょっと間抜けな黄色レンジャーが、皆から慕われ憧れの的のピンクレンジャーになりたくて、奔走しているような時間を過ごしたのですね。

だから、この記事を読んで下さっている方で、ズバラさや大雑把な自分を認められずに周囲の期待に、素直に応えようとしている読者様は、今直ぐに外に向いている意識を、自分自身に向けてあげて下さい♡

自分の内側にベクトルが向き始める時期

素敵さを追い求める自分は、今もなお健在ですが、自分のズボラさや大雑把さを自覚した上で、行動が出来るようになってきました。

自分が外にばかり応えを求めて、動き回っていた時は、今思うと、家族を振り回していたと反省点も感じられています。

今は、未熟な自分の事実を認められている自分を褒めるようにしています。

自分の内側にベクトルを向ける方法は、色々試しました。

それでもズボラで大雑把、長続きはしないため、どれも気が向いた時、思い付いたときに実践する事を心掛けていました。

  • 感情と思考と直感を区別するレッスン
  • 書き出しワーク
  • 事実と自分の妄想を区別するレッスン
  • 相手と自分の境界線を分けるレッスン
  • 子ども達の話は傾聴を心掛ける、心の声をキャッチするレッスン
  • 視点を高くすること、焦点の当て方を多角的にすること
  • 私が私らしく在ることに、自分を鼓舞して意識する事
  • こうあるべき、しなければならない、といった思い込みを外す事

長続きしなくてもオッケー、飽きっぽくてもオッケー、大雑把もオッケーと開き直り時期

開き直ってきたのも、つい最近のことです笑。

長続きしない、飽きっぽい私が、ここまで自分と向き合う事を続けて来ているのは、長男のおかげです。

彼は、私と夫の反発し合うエネルギーの被害者のように感じています。

それでも、両親のせいにして被害者でいた時期は、彼も抜け出ているように感じています。

今、まだ自分の人生を生きていないような状態の彼は自分のエネルギーでそこから抜け出す必要があります。

親子間、夫婦間の解消した方がよい課題は根深いです。

私の場合は、母に悪気がなく、愛からの行動だったのだけれど、母の価値観の洗脳のような刷り込みから、自分を解放して、自分を許して、認めるまでに、ずいぶんな遠回りをしてきたのです。

ここまで、長男のおかげでそのことに気付けてから、抜け出すまでに数年間を費やしてます。

私は、人から聴いたり、教わったやり方を真剣に聴いているのだけれど、流してしまう癖もあったので、随分とゆっくりな進み具合で、子ども達には「未熟な母ちゃんでごめん!!!」と、そこは本気で思っています。

長男に、心からの謝罪をしたこともあります。

本来はズボラな自分だけど、精一杯の愛情を持って長男とたいまんを張ったこともあります。

否定しかしない夫に馬乗りになって感情をぶつけたこともあります。→また、書くので読んでいただけたら嬉しいです。

自分の本質的な部分や、自分を知ることは、自分が幸せの心地で過ごせて、常識からも抜け出せ生きやすくなる最短ツールであると私は思っています。

なので、今悩みや苦しみ、解決したい課題がある方は、自分を知ることも意識されてみて下さいね。


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